●天皇の人間宣言から人権宣言へ▲199525『牛坂往来』
2016年8月8日の天皇のビデオメッセージは、憲法に抵触するかなどと物議を醸した。
そのなかで「天皇という立場上,現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら,私が個人として,これまでに考えて来たことを話したいと思います。」と述べている。
それは国家機関としての「天皇」としてではなく「私が個人として」という法的地位に基づく行為であり、公私を区別したことが注目される。
天皇を「現人神」とする神国思想から「人間宣言」を経て天皇の「人権宣言」とも言うべき歴史的な出来事である。
▲神の国発言は、2000年5月15日、神道政治連盟国会議員懇談会において森喜朗内閣総理大臣(当時)が行った挨拶の中に含まれていた。
▲神国思想:日本の国家と皇統は神々に由来し、日本は神々に守護されているという信仰。特にファシズム時代には天皇を現人神と仰いだ(『国体の本義』・修身の教科書など)。
▲修身は、「身を修めること」を意味し、第二次世界大戦前の日本の小学校(戦前期は尋常小学校、第二次世界大戦中は国民学校)における科目のひとつ。1890年(明治23年)の教育勅語発布から、1945年(昭和20年)の敗戦まで存在した。
▲『国体の本義』(1937年(昭和12年)に、「日本とはどのような国か」を明らかにしようとするために、当時の文部省が学者たちを結集して編纂した書物である。神勅や万世一系が冒頭で強調されており、国体明徴運動の理論的な意味づけとなった。
▲国体明徴(めいちょう)声明とは、1935年(昭和10年)の天皇機関説事件の中で、美濃部達吉の天皇機関説を排撃することで政治的主導権を握ろうとした立憲政友会・軍部・右翼諸団体が時の岡田内閣に迫って出させた政府声明 。
●14年前、憲法学者の奥平康弘・東大名誉教授(2015年死去)が、“天皇に人権はあるか”をめぐって、05年の著書『「萬世一系」の研究』(岩波書店)で「天皇にはその地位を離脱して普通の人になる「脱出の権利」が保障されねばならない」と次のように提起した。
■「皇室は身分制の飛び地」
【万人に適用されるべき権利保障の体系が天皇にはまともに適用されていないと指摘。すべての人に保障されているはずの権利や自由が構造的に奪われている場合には、「窮極(きゅうきょく)の『人権』」として、その制度の枠組みから逃れて普通の人間になる「脱出の権利」が保障されるべきだと説いた。】
(https://www.asahi.com/articles/ASM3M5R8XM3MULZU00P.html)
「天皇」が国家機関であるとすれば、法人格はあるが自然人としての人権はない。
仮に「内閣の助言と承認」なしに「天皇」の名義で国事行為を行えば違法であるが、「ビデオメッセイジ」は「私が個人として」行う公務でない私的行為であり、憲法第16条の「何人」にも保障された「請願する権利」の行使とも考えられる。
このビデオメッセージの意義は、1946年(昭和21年)1月1日に日本国政府の官報により発布された昭和天皇の詔書の「天皇ヲ以テ現御神ト・・・ストノ架空ナル観念ニ基クモノニモ非ズ」という天皇機関としての「人間宣言」から進化した天皇機関従事者の退職願いでもある「人権宣言」とも言うべきものであり、戦「前」レジームとは違った景色である。
2016年8月8日の天皇のビデオメッセージは、憲法に抵触するかなどと物議を醸した。
そのなかで「天皇という立場上,現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら,私が個人として,これまでに考えて来たことを話したいと思います。」と述べている。
それは国家機関としての「天皇」としてではなく「私が個人として」という法的地位に基づく行為であり、公私を区別したことが注目される。
天皇を「現人神」とする神国思想から「人間宣言」を経て天皇の「人権宣言」とも言うべき歴史的な出来事である。
▲神の国発言は、2000年5月15日、神道政治連盟国会議員懇談会において森喜朗内閣総理大臣(当時)が行った挨拶の中に含まれていた。
▲神国思想:日本の国家と皇統は神々に由来し、日本は神々に守護されているという信仰。特にファシズム時代には天皇を現人神と仰いだ(『国体の本義』・修身の教科書など)。
▲修身は、「身を修めること」を意味し、第二次世界大戦前の日本の小学校(戦前期は尋常小学校、第二次世界大戦中は国民学校)における科目のひとつ。1890年(明治23年)の教育勅語発布から、1945年(昭和20年)の敗戦まで存在した。
▲『国体の本義』(1937年(昭和12年)に、「日本とはどのような国か」を明らかにしようとするために、当時の文部省が学者たちを結集して編纂した書物である。神勅や万世一系が冒頭で強調されており、国体明徴運動の理論的な意味づけとなった。
▲国体明徴(めいちょう)声明とは、1935年(昭和10年)の天皇機関説事件の中で、美濃部達吉の天皇機関説を排撃することで政治的主導権を握ろうとした立憲政友会・軍部・右翼諸団体が時の岡田内閣に迫って出させた政府声明 。
●14年前、憲法学者の奥平康弘・東大名誉教授(2015年死去)が、“天皇に人権はあるか”をめぐって、05年の著書『「萬世一系」の研究』(岩波書店)で「天皇にはその地位を離脱して普通の人になる「脱出の権利」が保障されねばならない」と次のように提起した。
■「皇室は身分制の飛び地」
【万人に適用されるべき権利保障の体系が天皇にはまともに適用されていないと指摘。すべての人に保障されているはずの権利や自由が構造的に奪われている場合には、「窮極(きゅうきょく)の『人権』」として、その制度の枠組みから逃れて普通の人間になる「脱出の権利」が保障されるべきだと説いた。】
(https://www.asahi.com/articles/ASM3M5R8XM3MULZU00P.html)
「天皇」が国家機関であるとすれば、法人格はあるが自然人としての人権はない。
仮に「内閣の助言と承認」なしに「天皇」の名義で国事行為を行えば違法であるが、「ビデオメッセイジ」は「私が個人として」行う公務でない私的行為であり、憲法第16条の「何人」にも保障された「請願する権利」の行使とも考えられる。
このビデオメッセージの意義は、1946年(昭和21年)1月1日に日本国政府の官報により発布された昭和天皇の詔書の「天皇ヲ以テ現御神ト・・・ストノ架空ナル観念ニ基クモノニモ非ズ」という天皇機関としての「人間宣言」から進化した天皇機関従事者の退職願いでもある「人権宣言」とも言うべきものであり、戦「前」レジームとは違った景色である。






